錯誤(誤解)による相続放棄は取り消せるか?

文責:所長 弁護士 福島晃太

最終更新日:2025年01月10日

 相続財産に借金が多い場合や相続財産を相続人の一人に相続させたい場合などには、相続放棄を考えるケースがあります。ただし、一度相続放棄を行なうと状況が変わっても、原則、相続放棄を取り消すことはできません。

 しかし、「錯誤(誤解)」によって相続放棄を行なってしまった場合は、相続放棄の取り消しができる場合があります。

 そこで、今回の記事では、「錯誤による相続放棄の取消し」に焦点を当てて説明します。

1 相続放棄の錯誤による取消しとは?

 まずここでは、相続放棄に関して、錯誤による取消しとはどういうことかについて説明します。

 

⑴ 錯誤とは?

 「錯誤」とは、次のようなことをいいます。

 「表示者の内心」と「表示の行為」との間に不一致があり、かつ、その不一致のあることを表示者が認識しないこと。

 例えば、相続放棄において、「被相続人には多額の借金があり、債務超過である」と聞かされて信じて疑わなかったので相続放棄したが、実際は「隠し資産があった」場合で、遺産が債務超過でなければ相続放棄しなかったケースです。

 相続放棄などの法律行為に「錯誤」があったときの扱いについては、 民法第95条に、次のように定められています。

 

 民法第95条

 1. 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。

 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤

 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

 2. 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。

 3. 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。

 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。

 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。

 4. 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

 

 つまり、「その錯誤が重要な錯誤であり、本人に重大な過失がければ、その相続放棄等の法律行為を取り消すことができる」ということです。

 

⑵ 重要な錯誤とは

 法律行為が取り消しになる重要な錯誤として、法律行為の「要素」または「動機」に錯誤があった場合とされています。

 要素の錯誤とは、民法第95条第1項1号の「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」、例えば、相続放棄という意思表示そのものの錯誤のことです。

 しかし、相続放棄についていえば、もともと相続放棄をしようと考えているはずですので、相続放棄自体について錯誤はなく、要素の錯誤で取り消しとなることはまずありません。

 一方で、動機の錯誤とは、民法第95条第1項第2号の「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」です。相続放棄ついていえば、相続放棄を行うことにした次のような動機の錯誤です。

 例えば、「被相続人の遺産は債務超過といわれていたが、実際は、債務超過ではなかった」といったような事情がある場合は、相続放棄を行う動機の錯誤として認められる可能性が大きいといえます。

 

⑶ 相続放棄は取り消すことができる?

 例えば、預貯金や不動産といったプラスの財産より借金等のマイナスの財産が多い場合等、相続放棄を行なうことがあります。

 相続放棄により、はじめから相続人でなかったことになりますので、相続財産にマイナス財産が多く債務超過の場合でも、一切相続する必要はなくなります。

 この相続放棄は、一度受理されてしまうと、原則、撤回することはできません。

 しかし、間違えて相続放棄を行なった「錯誤」の場合は、民法第95条により相続放棄を取り消すことができる場合があります。

2 旧民法で、相続放棄に錯誤無効は認められたのか?

 ここでは、旧民法上、相続放棄について、錯誤無効が認められていたのかについて見ていきます。

 

⑴ 旧民法では錯誤は「無効」だった

 前節で改正民法第95条を紹介しましたが、旧民法第95条は次のように定義されていました。

 

 旧民法第95条

 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

 

 改正民法では、錯誤による契約を、「取り消すことができる」と既定していますが、改正前の旧民法では、錯誤による契約を「無効」と定めていたのです。

 相続放棄についていえば、改正民法では「錯誤による相続放棄は取り消すことができる」とされていますが、旧民法では「錯誤による相続放棄は無効」でした。

 

⑵ 裁判所の判例

 旧民法下では、相続放棄についても錯誤の無効が認められています。

 錯誤無効に関する判例を追いながらご説明していきます。

 

 相続放棄にも民法95条が適用できるのか

 まず、相続放棄で錯誤があった場合、民法95条が適用されて、相続放棄が「錯誤無効」になるかどうかが問題でしたが、最高裁判所の判決では、「相続放棄の申述は家庭裁判所に対する意思表示なので、民法95条が適用できる」と判示されました。

 

 昭和40年5月27日最高裁判所判決より

 「相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが、その性質は私法上の財産法上の法律行為であるから、これにつき民法九五条の規定の適用があることは当然である。」

 この判決により、相続放棄の申述が錯誤によって行われた場合は、相続放棄の無効を主張することができると解釈されました。

 ちなみに、この裁判は、「相続人の1人に遺産を集中させるために、本人含めて他の相続人は全員相続放棄すると思って相続放棄したが、実際には、本人の思った通りにならなかった」というケースで、当該裁判では錯誤無効は認められませんでした。

 つまり、民法95条の適用は認めましたが、錯誤無効は認められなかったケースです。

 

 動機の錯誤無効が認められた裁判例

 次に、錯誤による相続放棄の無効が認められた裁判例です。

 

 平成10年8月26日福岡高等裁判所判決より

 「相続放棄の申述に動機の錯誤がある場合、当該動機が家庭裁判所において表明されていたり、相続の放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表明されているときは、民法九五条により、法律行為の要素の錯誤として相続放棄は無効になると解するのが相当である。」

 この裁判は、「被相続人には特段の資産はなく、多額の借金がある」といった錯誤があり、動機の錯誤が表明されたと判断され、相続放棄の無効が認められた事例です。

 

 「無効」である申述を裁判所が受理することができるのか

 錯誤があった場合、例えば、マイナス財産が多く債務超過と勘違いして相続放棄してしまった場合、この相続放棄については「無効」とされますが、この「無効」である旨の申述を裁判所にできるかどうかが問われていました。

 この論点については、福岡高等裁判所は、平成16年11月30日決定により、「裁判所が無効の申述を受理するような規定が存在しない、および、相続放棄の効力について争いたいのであれば訴訟手続で争うことが可能である」等の理由で、家庭裁判所に無効を申し立てることを認めませんでした。

 よって、

 錯誤は無効ですが、その無効を家庭裁判所に申し立てる事はできず、別途、通常の訴訟で無効を主張する必要があると判示しました。

3 改正民法で相続放棄は錯誤によって取り消すことができるのか

 旧民法での「錯誤による無効」では、相続放棄に錯誤があった場合でも「家庭裁判所への無効の申述」という手続きは使えずに、別途訴訟で争うしかありませんでした。

 民法改正により、「錯誤による無効となる」から「錯誤により取り消すことができる」と変更されましたので、その結果、相続放棄の取り消しについては、家庭裁判所に相続放棄の取り消しの申述ができると解釈することもできます。

 ただし、この件については、これからの裁判例を待つことになるでしょう。

 しかし、どちらにしても、もともと相続放棄をしようと考えて相続放棄をしていますので、相続放棄すること自体について錯誤はなく、「要素の錯誤」で取り消しとなることはまずありません。

 「被相続人には特段の資産はなく、多額の借金がある」といったような事情、相続放棄を行う動機の錯誤の部分に限って、取り消しになるものと考えられます。

 また、錯誤者に重過失がある場合には認められないのは、改正民法95条に定められている通りです。

4 相続放棄の取消しについてお悩みの方はご相談ください

 今回は、「相続放棄:錯誤による取消し」について見てきました。

 相続放棄を一度行なってしまうと、原則、相続放棄の取り消しはできません。

 しかし、「錯誤(誤解)」によって相続放棄を行なってしまった場合は、相続放棄の取り消しができる場合があります。

 「錯誤(誤解)」による相続放棄の場合には取り消しができるとはいっても、実際に裁判所に取り消しを認めてもらうことは、かなりハードルが高いといえます。

 相続放棄の取り消しをお考えの方はもちろんのこと、これから相続放棄することをお考えの方は、当法人の弁護士までご相談ください。

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